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うつ病の治療

うつ病はどのように治療するのか?

DSM-Ⅳ-TRやICD-10に準拠してうつ病と診断した場合、どのように治療を進めていけばいいのでしょうか。

  • 病気と認め、休養することが第一
  • 抗うつ薬の服用(薬物療法)
  • 心理療法的な関わり
  • 生活環境の調整

病気と認め、休養することが第一

うつ病というこころの病気の治療に、休養と抗うつ薬がセットで必要なことは随分と一般にも知れ渡るようになっています。また、そのような理解を前提にして、「うつ病の人を励ましてはならない」、「うつ病の人のお尻を叩くようなことは慎まなければならない」ということも、よく知られるようになっています。

しかし、うつ病者やその家族に、休養が必要だと説明し、また、抗うつ薬の服用が必須だと説明しても、その理由について理解できていないと、治療は進みません。学校や会社を休むこと、家事をしないで横になっていることは、うつ病者にとって大変な選択でしょう。多くのうつ病者は、「休養せよ」、「ゆっくり休め」といわれても、「これくらいで休むなんて」、「人に迷惑をかけるから休めない」と思ってしまいます。また、休むことによって、自分が今までかかわってきたことを失い、自らの存在価値までも否定されたように感じ、不安になることもあるでしょう。登校しながら、あるいは出勤しながらでも無理をさせなければ、そして服薬を続ければ、よくなっていくのではないかと期待する家族にもよく出会うことです。

それでは、精神科医はなぜ休養することを勧めるのでしょうか。うつ病を発病した状態で、登校をあるいは就労を続けることは、病気の回復を遅らせるのみではなく、時に辞職や自殺など不幸な事態を招くことがあるからです。39度の発熱している状態や怪我のため多発骨折をおこした状態で、登校したり、出勤することは大きな苦痛であり、さらに肺炎を引き起こし、骨折の治癒を妨げる可能性もあります。精神のエネルギーが低下しているうつ病の状態で登校、出勤することは、発熱し骨折した状態で登校、出勤するのに匹敵するような苦痛があるでしょう。無理に頑張ってもそれによって残された結果は、更なる苦痛と自信喪失であり、決してうつ病を好転させる要因にはなりません。また、発熱や骨折は目にみえるため、周囲の人にもその苦痛が理解でき、そして配慮もなされますが、うつ病の人が無理をおして出勤していても、その苦痛がなかなか周囲に伝わりませんし、患者は苦しさと焦りの悪循環を繰り返すことになってしまいます。

精神科医はうつ病期で患者が経験する大きな苦痛を知っており、とても登校や就労できない状態であることを知っているから、休養を勧めるのです。枯渇しきっている精神のエネルギーを回復させるには、休養することしかないのですが、これが目にみえることではないだけに理解することがなかなか難しいのです。

また、精神科医は休養をとることによって治療がうまく進み、回復して再登校、復職した事例を無数に経験しています。うつ病は病気であるから回復するものであり、回復すればもとの生活が可能であることをこれまでの経験上、充分に知っています。そのような臨床経験のもとに、治療上、休養をとることが何にも増して優先されることを知っているから、あまり不安をもたずに休養を勧めることができるのです。ところが、うつ病者やその家族は始めての経験であることが多く、その際に“今後どうなっていくのであろうか”と大きな不安を抱くのは当然でしょう。“本当によくなるのか”、“復職できるのか”、“自分たちの生活はどうなるのか”といった多くの懸念を抱くのは当然のことですので、こころの病気の専門家は、この点を充分に配慮し、患者や患者家族に充分な説明を行わなければならないでしょう。 軽症うつ病を除き、うつ病の治療の開始は、このようにうつ病という病気であることを理解し、休養することからはじまるのです。

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抗うつ薬の服用(薬物療法)

抗うつ薬のCMが日本の新聞紙上やテレビで流されるようになったのは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と呼称される薬剤が登場してきてからです。もっとも、うつ病に対する薬物療法は、1950年代に欧米で研究が開始され、1960年代に日本でも臨床応用されるようになっています。当初はその化学構造の特徴としてベンゼン環を三つもつことから、三環系抗うつ薬と名付けられた薬剤が使われ、その後副作用面で軽微となった四環系抗うつ薬が開発されました。

二〇世紀末になって、セロトニンやノルアドレナリンに作用が特化したSSRIやSNRIが開発され、副作用がより軽微化されたのとともに、抗うつ薬の市場が広がったのは報道されるとおりです。プロザック(商品名:日本では発売されていないが、世界的にもっとも広く使用されている)を始めとするSSRIは、ハッピードラッグとして、欧米ではかなり頻繁に使用されています。

ところで、うつ病の治療に薬物療法が優先されるのは、先に解説したうつ病者ではドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質がうまく機能しないという説を根拠にしています。これらの神経伝達物質の働きを調整し、有効に機能させることが、抗うつ薬によって可能になるということです。

実際、三環系であれ四環系であれ、またSSRIやSNRIであれ、私たち精神科医はこれらの抗うつ薬を使用することで、うつ病者の治療を行ってきました。即効性という点では問題がありますが、一定期間服用し続けることで、うつ病者は薄紙を剥ぐように抑うつ気分の改善を示し、臥床がちであった身体を動かし、散歩にも出るようになります。そして、二ヶ月、三ヶ月の治療期間を経て、学校や職場に復帰した事例を無数に経験してきています。薬物療法として、抗うつ薬のみではなく抗不安薬や睡眠薬など他の薬剤を併用することもありますが、ここで抗うつ薬がうつ病者の症状を改善させる主役を占めているのは疑いがないことでしょう。

抗うつ薬の使用についてまとめてみますと、うつ病の治療に効果があるのは確かなことであり、中等度以上のうつ病に休養と薬物療法が優先されるのは正しい選択といえるでしょう。しかし、抗うつ薬は魔法の薬ではありません。どのようなゆううつな気分に対しても改善させるというわけにはいきませんし、即効性もないに等しいといえます。失恋や友人とのトラブル、職場での嫌な出来事から生じたゆううつを抗うつ薬が癒してくれると考えるのは誤りです。抗うつ薬の正しい効果とその限界を知り、適正に使用することが必要だと思います。

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心理療法的な関わり

うつ病の治療では、薬物療法のみが優先されるべきではありません。まず、うつ病という病気について正しく理解し、その病気を受け入れてもらうことが必要ですし、職場や家族にもうつ病者に対する適切な対応や理解が必要です。なぜ薬物療法を並行させるのかという意味を理解するとともに、薬剤については効果の発現に時間がかかることも知ってもらわなければなりません。

これは特別に心理療法と規定するものではありません(心理教育といわれます)が、うつ病という病気の理解を助け、うつ病者のみではなく職場や家族が混乱することがないよう、精神科医とのコミュニケーションが保たれていることが第一です。どのような経過をたどることが予想されるのか、復職は可能なのか、療養するのにどのようなことに注意すればよいのかなど、遠慮せずに精神科医の指導を受けることが大切だと思います。

うつ病の治療では、発病後しばらくは、特に狭義の心理療法的な関わりは不要だと思います。話したり、考えたりすることが大変なうつ病の極期には「ゆっくりとしてください」とアドバイスする以外に、心理療法的な関わりはできないのです。この時期には先述したようにこころの休養をゆっくりとることが優先され、十分な休養を取るために薬剤の利用も必要だということです。したがって、狭義の心理療法はうつ病の症状がある程度軽快してきた時からはじめます。

心理療法にはさまざまな方法がありますが、実際の精神科医の診療では、一つの特別な手法に偏するのではなく、むしろ折衷した手法を症例の違いや時期の差異によって行うことが多いと思います。主としてストレスになっていた事態を振り返り、自らにとって何がつらかったのか、また、その対処法や受け止め方について、精神科医や心理カウンセラーとともに見直していきます。そして自らの性格特徴や考え方、とらえ方の特性についても見つめ直し、微調整していくことも必要です。

米国のペンシルベニア大学精神科ベック博士によって考案され、近年メディアでもしばしば取り上げられている認知行動療法(認知療法ともいわれる)は、認知のあり方を変えることにより、抑うつ感や不安感をやわらげようとする心理療法です。活動記録票や自動思考記録表などを自らで作成し、認知面、行動面、対人交流面についての自分のクセについて修正していくよう、援助していきます。また、支持的精神療法では、うつ病者の感情や考えに対して傾聴し、受容したり支持することを通して、心理的な安定を得れるよう援助していく心理療法です。そのほかにも洞察的精神療法、森田療法、自律訓練療法などさまざまな心理療法があります。

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生活環境の調整

薬物療法や心理療法とともに、生活環境の調整もうつ病者の復職や再発予防のために重要なことです。うつ病にかかる人のなかには、誰もが負担に感じる仕事内容の困難さや仕事量の増加などの心理的ストレスのみではなく、その人に苦手な環境への配置転換や昇進などが引き金になっている人も多いものです。このような場合には、うつ病者の能力が発揮しやすいような環境への配置転換を考慮した方が良い場合があります。

職場環境の調整については、産業医、保健師、心理カウンセラーなど産業保健スタッフと人事労務管理スタッフ及び職場の管理監督者との相談及び連携が必須です。相談や連携の基本となる概念は、うつ病者がこころの健康を保つために、その適性と職場環境との相性が良いということが復職に当たって必要であるということです。

家族がうつ病者に対する理解をもって対応することの重要性については先述しました。うつ病の極期にはゆっくりと休養できる環境づくりを、そして回復してきたときにも焦らさないで、時にはそっと後押しするような家族の援助が、うつ病者の治療効果を高めるのは疑いがありません。

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